あれから一年たったんだろうか。あいつは夜な夜なあたしを抱く。
それが子供欲しさからなのか、自分の欲求を満たしたいだけなのか、
あたしには分からない。

電車に揺られ、あたしはある場所へと出かけた。
過ぎ去ってゆく景色はまるで今までの人生のようだった。
手元の携帯のバイブがなる。・・・メールだ。
「今どこ?」
「電車の中、徹は?」
「車ン中。駅まで迎えに行く、どこで降りる?」
「西口で」
電車から降りると、徹の車がすぐ見えた。
徹が手招きをして、あたしを呼ぶ。
いつの間にか、歩いていた足が小走りになる。
車に乗り込むと、徹はすぐに車を走らせた。
徹はあたしの働いている会社の社長。そしてあたしは社長秘書。
ありがちな話だが、実際よくあることで、酔った勢いで徹と関係を持ってしまった。しいて言うなら、これは浮気なんだろう。
でも、徹といると安心できる。
顔はあいつよりかは劣るが、そこそこだ。
でも、優しさから言えば、徹の方があいつよりも何十倍も上回る。
「今日は?どこ行く?」
徹は何かを期待するようにあたしを見る。
「どこでも。徹は?」
「じゃ、ホテル行くか。」
でも、結局はこいつも男なんだ。
週に一回はホテルに行く。たまに、買い物や食事に行く。でも、最後にはやっぱりホテルに直行。
ホテルに着くなり、徹はあらかじめ部屋を取っていたのか、エレベーターに乗る。
まぁ、あたしも徹に対してこういう事になることを望んでたのかもしれない。
でも、これが後に過ちだと気づいた。
「おい、どっか行くんか?」
背中に聞こえる、あいつの声。心の中でウザいとか思った。
「仕事行ってくる。夕飯には戻ってこれるかも。」
「おぅ、しっかり稼いで来いよ。」
てめぇに言われたかねぇよ。・・・言えない自分に腹を立てる。
あいつが働かなくなった理由は二つ。
一つは勤務先の工事現場で、人を死なせた。しかも自分のミスで。
クレーンの操作を誤ったのだ。あいつは責任を感じて、職場を辞めた。
辞めたところで済むような話ではない。単にあいつが、自分自身をすっきりさせたいだけだ。今の時代、なんだかんだ言ったって、生きるためにはお金が必要だ。あたしに働かせてないで、てめぇも自分の身で稼いでこいっつーの。

二つ目は、あたしが死産したこと。
去年のちょうど今頃、初めての妊娠で、あいつもあたし自身も心待ちに生まれてくる赤ん坊のことを毎日のように考えてた。
意外と子供好きなあいつは、まだ妊娠10週目なのに、赤ん坊の名前の本まで買ってきていた。素直に、父親として嬉しいようだった。
男の子だったら「優人(ゆうと)」優しい人になれ。
女の子だったら「恵(めぐむ)」人に何かを恵み、愛されよ。
あいつも、この時はすごく優しかった。赤ん坊のこともあってか、
体をいつも気遣ってくれていた。・・・幸せだったかもしれない。
予定では、赤ん坊は今この腕で抱いているはずだったのに。

妊娠14週目、経膣超音波検査をした。
今でも、その時話したとき女医の表情が鮮明に残っている。
看護婦や、女医が慌てていた。そして、私に言った。
 来週はご家族の方と一緒に来てくださいと・・・。
あたしとあいつが愛してやまなかった赤ん坊は、無脳児だった。
読んで字のごとく、脳のない赤ん坊。
無脳児と知っても出産出来ることもあるが、母体の健康状態が悪化することもある。産んでも生きられない子供。
産んでも、すぐ死んでゆく可哀想な、可愛い、小さな小さな命。
母親でもあった私は、何がなんなのか分からなかった。
理解出来ないのは、産めないような子供を作ってしまった私自身。
一つだけ、分かること。
   
    私の、一番最初の、愛しい赤ちゃんは、生まれてこない。

                
いつかまた、書く気になったら続きを書こうと思います。。

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